2003年11月20日から年末
第4回目の化学治療から年末の一時退院まで
R-EPOCH法による治療
no5
歯医者へ 2003年11月20日(木)

  隣の隣町だから結構時間がかかり、約束の時間に遅れてしまう。
 医者もえらい迷惑だよねえ。大学の教授の紹介でレントゲン写真持参でこられてみろ、たまったものじゃない。ましてや、患者は骨髄移植を予定していて一週間で治せというとんでもない依頼だ。
 温厚な医者はそんなことはおくびにも出さず
「左の下の歯に詰め物をするのが精一杯で、それも少し削らなければならないので、移植治療中にそこからばい菌がということあるのですが・・・後の歯は、神経を触らなければいけないので、一週間ではとてもできない相談ですねえ」
 「いいですよ、それで」こちらは、少しでも前進すればいい。
 削ってつめておわり。明日、様子見せにきてといわれ
歯医者を出る。
明日は再入院だというのに・・・・ 2003年11月26日(水)

  また、両手の薬指と小指がしびれだし、キーボードをたたくのにも苦労する.
再発の診断を受けて4回目の治療になる。何回まで続くのだろう?
 

再入院 2003年11月27日(木)

  再入院して、早速、血液検査。予定では、明日から治療にかかるはずだったのが、血小板の値が、退院時より増えておらず、治療は延期になり、明日、骨髄の検査をすることになった。憂鬱  


骨髄の生研は・・・・・ 2003年11月28日(金)

  朝一で、骨髄の生研。骨の細胞をとるんだとか?腰からするのは初めてなので多少不安だった。痛いのは極力勘弁してもらいたいのだが・・・・。どうあがいても痛いものは痛い。胸からの骨髄検査より痛いのは、まちがいないよなあ。  

不良馬場は嫌・・・・ 2003年11月29日(土)

   骨髄はおおまか異常がないということで、とりあえず
血小板の立ち上がりを待って、治療に入るとのこと・・・。ちょっと安心。骨髄が悪くなってたら・・・と思ってたから。
 で、心配事もなくなり、Jダート。で、何なの?このテレビに映る不良馬場。せめて競馬は重馬場までにして欲しいよなあ・・。と思いつつ、つおーいのは、ドンで今年の外国場は芋ばっかりじゃないの、などと一人解説などしながら、期待いっぱい!。で、蓋をあけてみれば・・壮絶なマッチレース。
 しかし、あのコートという騎手すごいなあ、あれで差しかえすか?アンカツ相手に・・・・。
 それとも馬が強いの?。京阪杯は大荒れだし、不良馬場はキライだあ〜。明日もか?
血小板が・・・ 2003年12月01日(月)

    血液検査をするものの、血小板の値が依然として低く、治療は延期
少し増える 2003年12月03日(水)

  今日、血小板が1万ほど増えていたので、自然増の兆しかもしれない。血小板が10万ぐらい無いと治療開始しないらしいので、また増えるのまちなのだ
 
いまだ増えず 2003年12月05日(金)

  まだ、血小板の値が低く、治療開始が来週にのびることになった。ああ、この土日は、することがなくて暇・・・・・。
また来週? 2003年12月08日(月)

  今日血液検査。そろそろ数値が出て、治療開始してほしい・・・・。という思いとは裏腹に結果は?いまいち。少ない少ないといいつつ、血小板の値は8万ぐらいまで回復したものの、白血球の中の好中球の値が、思ったより低く、また来週までお預けとなりました。再入院してはや2週間・・・・何とかしてほしいよなあ、といってもあるのは時間まちのみか。
やっと治療開始に 2003年12月10日(水)

  待望の血小板の値が10万をクリア、白血球の値もまずまずということで、金曜日よりここでの4回目の治療開始。今から始めると、確実に年越しになるけど仕方なし。  

冷や汗タラタラ 2003年12月11日(木)

   明日から、治療開始ということで内臓のエコー検査などをする。さすがに治療前日ということで気分的に、落ち着かなかったのか、とんだドジを踏んでしまい、看護婦さん達に顰蹙をかってしまいました。それは夕食の事。配膳カウンターに並べられている私の名前の入ったお膳を横目で見ながら、隣のお膳を取り、何食わぬ顔で食べてしまったのです。お膳を取られたご本人が食堂へ来て始めて『俺の飯がない!』』ということになり、大騒ぎ。同じ献立であれば、別に問題がなかったのですが、彼はなんと、糖尿食だったので、さあ大変という有様。なんとか、看護婦さんがうまくフォローしてくれたので、事なきを得たのですが、こっちは冷や汗タラタラ・・・それにしても、食べたときに糖尿食だったとはぜーんぜーん気がつかなかったなあ・・・・・
今日から4回目 2003年12月12日(金)

  約1ヵ月半ぶりに、治療再開。午前中、例のごとく首から点滴の管を入れる。何回やっても、首から入れるというのはなかなか気分的に、慣れないなあ〜。
 午後から、リツキサンをいれる。入れる前処置の薬が前回から妙に眠たくなるくすりで、眠たくってしょうがない。今日もまぶたが重く4時間ぐらいうとうとする。
 主治医によると、今回は24時間抗がん剤を入れっぱなしを連続して4日間、中1日あけて最後1日別の抗がん剤とのこと。ああ、またポチ連れの日々が今日から始まるか・・・・・。今回は夕方、少し37度程度の熱が出たがすぐ引きじゅんちょうなスタートをきったかもしんない。
 

あたりはずれ 2003年12月13日(土)

   今日から、4日間抗がん剤ぶっ通しで入れるんだとか?。今まで連続でいれたことがないので多少不安。
 今日のレシピは、1日で抗がん剤3種類、飲み薬プレドニン20錠、その他胃薬等。早速、午後の血圧測定で、158の98という高得点をマーク。プレドニンを飲むといつも、こうだからイヤになっちまう・・・
 抗がん剤の方は順調に落ちてると思いきや、夕方になって急に落ちが悪くなり、フィルターを交換してもらう。昨日、新品でスタートしたのに早くも・・・か?。
 最近どの製品でもあたりはずれが多くなったような気がする。修理するより換えた方が安上がりになるから、どうしても製造段階で甘いところが、出てきているのかもしれないなあ。その後、点滴は順調にスイスイと気持ちよく落ちている。熱もなく、気分的にもしんどくなく過ごせているのは、嵐の前の静けさか?
 

治療3日目 2003年12月14日(日)

  今日のメニューも昨日と同じ。24時間で入れる点滴の量が少ないので、落ちるスピードが、ぽーた、シーン、ぽーたと、シーンと雨だれより遅く見てると気が遠くなりそうで、本当に落ちとんのかいな?と思ってしまう。
 それでも、副作用というかなんと言おうか影響はあるんだなあ。午後になって今まで安定していた体温が、急に37.6度まで上がり、ショック。私は、気分的に熱が出るということに対して非常に弱いのである。
 この熱は、一時的なものだったらしく何もしないまま夕方になって37度付近まで下がり、それ以降そこら辺をうろうろしているので、少し安心。
 血圧は、依然として、150台と80の後半を停滞。
 

治療4日目 2003年12月15日(月)

   朝から少し熱ぽいものの、体温計によると私にとっては平熱であろう36,7度といたって順調。ただ、点滴の落ちが2時間ほど後れているぐらい。あれは、機械式のポンプで送ると正確なのだが、少しの振動でアラームがなったりして、バグリまくるので、私はそれを使うのをお断りして、先生に人力で調整してもらってるのだから、今度みたいに24時間ともなると、誤差がどうしてもでるから先生もたまったものじゃないですねえ。
 で、そんなわけでちょっとおくれぎみではあるけれども4日目は順調に暮れていきました。
治療5日目 2003年12月16日(火)

  朝、血液検査。カリウム不足とか?。点滴にて追加補充。今日の24時間点滴治療で一旦、1日中休みをあける。今回は、熱も出ず順調にきているので(薬が効いているのかな?)と、疑心案疑。熱が出たりして副作用が強いほうが効くんじゃないかと思っていつも主治医に効くんだけど、『そんなことないですよ〜』と、明快に否定される。けど・・・副作用の強い症状がでている時に効くと『副作用が出るのは、薬のせいだからえ・・・』と、意味深なお言葉。どう解釈すりゃあ、いいのよお。  

本日は休み 2003年12月17日(水)

   本日は一旦中休み。とはいえ、カリウムの補充の点滴とおしっこの出が悪いとかで水の補給を追加される。体調に変化なく・・・・。
 しかし、12月の半ばを過ぎようというのにここは季節感に乏しく、病棟内にはおぎなりのような小さなクリスマスツリーがあるだけ。それすら、こちらから探そうとしなければ気が付かないかもしれない。ここにいると時間の流れを感じられないことをつくづくと思い知らされてしまう。
 

治療最終日 2003年12月18日(木)

   本日で4回目の投薬治療おわり。今日入れた治療薬が膀胱をいためやすいとかで、また水のような薬を 1L追加点滴。昼、血糖値計る。225.
 少し手先の痺れを感じるようになってきた。ひどくならなければいいのだが、去年は、ペンなどパラパラおとしてたかなあ〜
 

今日は、暇 2003年12月19日(金)

  本日、首からの点滴の管を抜いてもらう。すっきりしてらく。
このフロアも、一人二人と退院してそろそろ寂しくなってきた。年末恒例というところか?
 朝方から、両耳から顎辺りにかけて例のごとくおタフカゼの様に少し腫れはじめる。いつものことで、あまり痛みなし。治療薬入れて何日かんかするとなるなあ。
 
午後、外に出てみたらチラホラと雪が・・・。TVのゴセンタクどおりか。明日から白血球下がるまで10日間何しよう?
 


久々の熱が・・・ 2003年12月20日(土)

  昼から、妙にだるく,すんなりとベッドで一眠り。夕食前に検温。37.3度。しんどい。久々に頭冷やそう。ここんとこ少し、寝づらかったから案外寝られるかも・・・・。  


快晴なれど 2003年12月21日(日)

  心晴れずか?昨日の調子悪さはどこへやら。朝から爽快で、飯も進む。変なもので、熱、してないときは夜が異常に長く感じられ、悶々と朝の明けるのを待ち焦がれるほど寝れないのに、熱がある時にはグッスリ寝られる。ちょっと考えると不思議だよなあ。素人目に考えると、調子のよい時は寝られて、調子の悪いときは寝られないと思うんだけど・・・・
現在の状況を、主治医に聞いてみた。「ここに、入院してきた時と今と比べて多少なりとも良い方向へ向かっているのでしょうか?」
 「うーん、残念ながら、目に見えてみるみる薬が効いているとは言いがたいでしょうな〜。」
 (やっぱり、効いてないのかな?)。あっという間に気が重くなった。
白血球下がり始める 2003年12月22日(月)

   朝、血液検査。白血球 1,800。先週木曜日は 5,300だったから、順調に落ちてるかなあ。
 主治医によると今週末から来週頭にかけて、底かなあということ。
 正月は、やっぱりここで年越しか・・・・
そういや、今日病棟長が正月もちつくんだけどいりますか?って来てたなあ。
 

ハルウララ 2003年12月23日(火)

  今日は祭日で、病院の売店も休みで何もすることがない。他の患者さんも同じ思いか、ベッドのスペースに入ったまま出てこない。
 先日、NHKで高知競馬のハルウララをみた。100戦目のぶん。かわいそうでねえ。マスコミと主催者に煽られて・・・。高知競馬は一般的に先行有利の競馬場だからゲートを出た時点であれじゃ、もう勝利はないわけよ。彼女は7歳だから、デビューから足掛け5年。単純計算で年20戦。約、中一週競馬を続けてるんだよなあ。サラリーマンが休まず年中無休で働いているようなもんだよねえ。高知競馬も大赤字だから、人寄せパンダには都合いいのだろうが・・・。こういうのが話題になるといつもむなしい。相手が物言えぬ動物だから・・・
今夜の病院食は 2003年12月24日(水)

  イブなのか、今夜の病院食は豪華。鳥の足、えび、メロン、りんごをオードブルにして、ご飯はばらずし、そしてイチゴのショートケーキというメニュー。さすがにカロリーが高く、約1200kもあった。
 ここんところ、食欲が落ちてたので食べるかな?と思ったが、目先が変わればじゅうぶんたべれる。
 明日からのメニューが心配。帳尻あわせで手抜きばっかり・・・・と、ならなければいいなあ
白血球ドーンと下がる 2003年12月25日(木)

  朝、血液検査。白血球 600まで下がる。早速ベッド横へ空気殺菌脱臭装置が置かれる。無菌室満室のためここで当分の間我慢か?。血小板も20000まで落ちる。
 今日は、風呂の日。白血球1000をきるとやばいのだが、今から当分の間は入れないから、シャワーということで入る。風呂はいるとどっと疲れる。下着の洗濯もしないといけないのだが、気分が乗らない。朝から下痢ぎみなので、お腹がぐるぐる音を立てている。ああ、気分悪い。
 3時過ぎ、主治医が来て「白血球増やす注射します。」「ええっ、もう打つの?」「好中球0に近いんで」と、注射される。血小板の輸血は、今回は見送り。
 「あまり、うろうろしないように!。必要最小限の行動にして!」と、注意される。これで、また折の中か・・・それにしても、クリスマスプレゼントがこれとはねえ。
夕方から微熱がでる。しんどい
年末帰れるか? 2003年12月26日(金)

  昨日、一晩中微熱 37.3℃がでて寝にくかった。今日も朝から気分が悪い。朝食後、白血球を増やす注射 グランを主治医がする。年末までに、うまくいくと白血球上がるかもしれない。ひょっとしたら外泊できるかもしれない。
 飯がうまくない。今日から生もの禁止・・・。果物も食えねえ。缶詰か
 

白血球あがるかな 2003年12月27日(土)

  朝、血液検査。朝食後、グランを打つ。血液検査の結果は、昼過ぎでないとわからない。
  白血球 1300 血小板 41000
注射をうつとすぐ反応するなあ。ラッキー、1300あると風呂入れるなあ。年末までにひょっとすると、白血球グーンと上がるかも・・・・血小板が意外に上がってたのは、驚き。
 

めっきり患者の数が・・・ 2003年12月28日(日)

  朝、朝食を食堂に食べに来る患者がめっきりへりました。今朝など私いれて4人。昨日、大挙して退院されたみたいです。あまり閑散とすると一抹の寂しさを感じるなあ・・・。朝食後、また、グラン注射液を打つ。
 今日の有馬記念のうがった見方。
 大レースと言われるようなレースに兄弟騎手は、乗せるなよ。弟の方は、かかって行ったのか、タップをつぶしにいったのか?、ついでにアンカツも行ってくれたから、これもつぶしに一石三鳥。うまいこといったよなあ。これで兄貴はペリエだけ見てれば、いいもんなあ。
ところがどっこいクリスエスの方が、いかんせん能力に差がありすぎて・・・・ペリエもよかったよなあ、あにきだけみてればいいもんなあ。2頭出しの一方のロブロイは、+12kだからそりゃ能力あっても重くてねえ、気にしなくていいもんなあ。勝った馬がー2kで、なんで同厩の馬が+12kなんだよ。このレースは勝ったらだめよ、と言ってるようなものだねえ。でもあれであわや2着の3着にくるのだから、来年はこの馬の年かも。
 大体、展開があれで皆、納得するか?やっぱり、タップが逃げてペリエがどう仕掛け、他のまあ有力どころの馬がどう動くのかを見たかったのじゃないの?
 それがね、レコードタイムを引き出すような乗り方をした方がいるのよねえ。これ、兄貴が出てなくても同じ乗り方したかねえ。馬券的には、タップがとんだということぐらいで、本命サイドだから気にしない人も多いとは思うけど・・・。レースとしては後味悪いよな・・。
 平場は、ともかくG1は、同じレースに兄弟騎手は出してほしくないよなあ。最初から、うがった考えで頭悩ますから・・・

 でもアンカツはなんで行ったの?これもかんぐりゃツルマルのため?それは、ないだろう菊花賞馬が・・・・
 (ヒヒヒヒ・) かかったのかなあ。。なんでだろう
突然の退院 2003年12月29日(月)

  朝、血液検査。白血球8800 血小板 7万
 「注射、打って帰りますか?」と、ドクター。
 年内どころか、年越しを覚悟してたので、びっくり。
 で、急遽、グランを打って退院ということになりました。
 年越しを誓い合ってた人たち、ゴメン。
 次回の、治療は来年5日以降になりそう。
 

やっぱり、家では 2003年12月30日(火)

  やっぱり、家に帰るとよく寝られる。ほっとするのかなあ  

来年は 2003年12月31日(水)

  今朝から、両手の痺れがひどい。病院と違ってさむいせいか?。来年は、事態が好転するのだろうか?淡い期待は抱いているのだが・・・・・